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至喜灯縁のお料理について

「旅館」の一部とならない事

「旅館のサービス」の1つとして、提供されることの多い「お料理」というコンテンツ。
温泉だったり、癒しだったり、非日常だったり、という旅の本来の目的の中では、二の次に考える方も少なくないのではないでしょうか。
しかしながら、世界ジオパークにも認定されているこの稀有な自然から得られる美味しい「恵み」を前に、目的を「料理」とする旅を目指したのが「至喜灯縁」の始まりでもあります。

生産地で食べることの意味を感じられるような一皿を、今日も提供してまいります。

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食べてくれる人がいる事の幸せ

お店でなくても、お料理を作る時、思い浮かべるのは「幸せそうに食べてくれるあの人の笑顔」ではないでしょうか。

至喜灯縁料理長の蔦木が「料理の面白さ」に目覚めたきっかけも、幼少の頃「親にお弁当を作ってあげたい」という小さな気持ちの芽生えだったとの事。
母親と一緒に台所に立つようになり、スマホもレシピ動画もない時代に、母の手元を見ながら、見様見真似で覚えた料理を、家族に食べてもらい、喜んでもらえた。
その記憶が今に繋がっています。

しかしながら残念な事に、もちろん全てではないでしょうが、昨今では工場で大量生産されたものを仕入れて並べる、また、ただの仕事として調理をこなす、料理をまるで「物」のように扱う宿があることも事実です。

私も含め、特に「宿泊施設」の企業化が進む昨今では、旅先でそのような味に出会い、がっかりした経験をお持ちの方もいらっしゃると思います。

蔦木が今でも「親方」と呼ぶ料理の師匠からの言葉、そして料理の信念として大切にしている言葉があります。

「お客様を裏切るな」

蔦木はこれを「妥協をしない事」と変換し、まさに今日も業務の中で実践をしています。では実際に何をしているかといえば「作り置きをしない」という事なのですが、料理を提供する側の方には実感されている方も多いかもしれません、お話を聞けば聞くほど、これは大変な事なのです。
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素材について

 至喜灯縁で扱う素材は、牛肉など、地元では使いたい水準が手に入らないものを除いては、全て伊豆で生まれ育ったものばかり。
たけのこ、苺、ワサビといった食材は、地元の個人農家から直接買い付けています。

特にお客様が最も楽しみにされている「海の食材」ほど、できる限りフレッシュな状態にこだわる、というのが至喜灯縁の信条です。
ですが、「海が近いから、いつでも安く良い魚が入る」というわけではありません。値段は思うほど安定せず、また天候による欠品もあります。
だからこそ、今手に入る最高の素材を選び、その状態を見て仕立てる、料理人の経験が効いてくるのです。

そしてせっかくの素材も、扱いを間違っては良さを生かせない。

至喜灯縁では鮮度が良ければよいほど「余計なことを極力しない」という事を前提に調理が行われています。

料理人の手を加えすぎるのではなく、素材が持っている良さをきちんと引き出すこと。刺身では、新鮮な魚ならではの歯ごたえや、ぶりぶりとした食感を。金目鯛の煮付けでは、現場で一尾から生の切身にして、提供の直前で煮付ける事で、魚本来のふっくらとした感じを味わってほしい。

「余計なことをしない」というのは、何もしないという意味ではありません。素材の邪魔をしない、ということです。素材の良さが一番伝わる状態を見極め、そのために必要な手間は惜しまない。自素材の良さを感じてほしい—まさにそれが至喜灯縁の料理と言っても良いかもしれません。









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「美味しい」のおぜん立て

私も個人的に旅が大好きで、年間12回、旅をします。
1泊1万円ちょっとの民宿さん、5万円~10万円もする高級ホテルや老舗旅館。食事の際に実感することがあります・・・お料理の味わいは雰囲気に左右される。

2025年に至喜灯縁の料理長に蔦木が就任して大きく変わったことがあります。

いわゆる縦割り社会的な構造をやめ、調理スタッフも配膳スタッフも衛生スタッフも、料理長である蔦木を中心に円となる構造に組み換えを行いました。
それにより会話が増え、お客様の些細な変化や好み、クレームに至るまで、瞬時にまた根本的な部分からのサービスにつながるようになったのです。

これにより厨房やホールの雰囲気も一変し、外から見ているとまるで家族のような一体感。

見ているだけでも幸福感に満たされる。
このような雰囲気の中で味わうお料理は、何倍も美味しく感じるだろうと、思わずにはいられません。


至喜灯縁の秘密

至喜灯縁では「釣り」というワードは欠かせません。

蔦木の釣り好き、いやマニアっぷりと言っても過言ではないと思いますが、実はマニアは蔦木だけではないのです。

蔦木の影響でか、潜在してたのかはわかりませんが、至善天遊のスタッフはこぞって、休日には休めばよいものを、吸い寄せられるように秘密の釣り場へ出かける日々を送っております。
そして釣果を競うのですが、この釣果、どこにたどり着いているかお分かりでしょうか・・・そうです。お客様のテーブルが終着点になっているのです。

もちろん日により釣果が違いますので、毎日お出しできるわけではありません。
もしその日のお品書きに「本日の逸品」として魚の焼物がでていたら、それは誰かの釣果。まさに水揚げしたばかりの手釣りの逸品です。

私もこの逸品、幸運な事にご馳走になりました。1本1本の繊維から、「淡白」とは例えられないほどの白身の旨味がにじみ出て、思い出せばまた食べたい、恐ろしい中毒性を持つまさに逸品でした。

もし幸運な事に、その逸品に出会えたお客様は是非担当のスタッフに「今日は何方の釣果ですか?」と聞いてみてください。にやけ顔の当人がどこかにいるはずです。


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